姓名判断・改名・命名の専門家|桜宮史誠名付け室

桜宮史誠 名付け室

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下着や車に…

『力ある強い開運力を秘めた名前』に、名を変えて、
第2の人生のステージをスタートさせた、私と家族


『姓名判断家』の本には書かれていない
『桜宮史誠の素早い開運法』
誰にも語れない心配事や悩み事が解決します…。


「桜宮 史誠」は、幾つかの著書でも述べていますが…、
私が、小さいとき…、
近所の神社の宮司さまが、私を見ながら…、 私の両親 に… 、

耳うちされたことを…、
幾つになっても、忘れることが出来ずにいました 。

急激に心臓の鼓動が激しくなり、
自分が勤務している、消防署の救急車で、病院に緊急搬送されたのです。

病院の診察台の上に寝かされたのです。
看護婦さんが、担当医の先生に、
『血圧は、上が、280で、下が、です…』と、告げられたのです。

バタバタと走り回られる、担当医の先生や、看護婦さんの、救急処置に、
生きているここちはしないほどです。
適切な処置で、落ち着きを取り戻したあと、2ヶ月の入院生活です。

その後も、同様の症状を繰り返し、
入・退院を繰り返していた私は、意を決して、消防署を退職したのです。

もとの健康体を取り戻すためと、
家族を養っていくために…、

半年ほど前に知り合った、A氏の手助けで、
かばかりの退職金を、元に、小さな事業を始めたのです。

しかし、
A氏の手助けは…、私を利用して、
事業家の命である、商業手形を借りるためのものであったのです。

結局…、
A氏は、私ども夫婦から、手形を借りて、決済せぬまま、逃げたのです。

無借金であった私ども夫婦は…、
見る見る間に、6,000万円という、
気が遠くなるほどの借金ができて、倒産に追い込まれたのです。

A氏は、私以外の人にも、
1億円の手形を借りて、決済せぬまま、姿を消したというのです。

完全に、嵌められたのです。
もう、悔やんでも、仕方がありません。 利用された自分に、完全なる落ち度があったのです。

倒産後の債権者会議で…、
6,000万円を、5,000万円に、減額して戴いて、

月々60万円返済”で、
“10年間で、返済をえなさい…”という、厳しい沙汰です。

債務の返済は、
3ヶ月猶予を置いて、

4ヶ月目から、債務の返済と、決まったのです。

死刑台に上るような心境です。

私の名前の、
『どこが良くなかったのだろうか…』、


神社の宮司さまは、私の名前の、
『どこが、どのように悪くて、大きな失敗をする…』と、仰ったのだろうか・・・?


神官さまの指摘の通りになってしまった私は、
優れない体調の中で、この債務と闘っていくために、

自分の県内は勿論のこと、隣県の隅々まで、
お祓い祈祷所”や“占い師”、“姓名判断師”のお宅を、
訪ね歩いたのです・・・。

“お祓い祈祷所” “占い師”などを、訪ね歩くうちに、
“待合室”で、たくさんの方々と知り合ったのです。

私は、『お祓い祈祷所の待合室』などで,顔なじみになった人たちの、氏名や、住所、悩みごとの内容などを、克明に記録していたのです。

3ヶ月後には、“お祓い祈祷所”を、訪ね歩いた数は、
200軒を、越えていました・・・。

“お祓い祈祷所”で、知り合った人たちの数も、数百人になっていました。


しかし、
200軒ものの“お祓い祈祷所”や“占い師”“姓名判断師”宅を、ね歩いたというのに、

私が求めていた答え
(小さいときに、神社の宮司さまから、指摘されたこと)は、見つからなかったのです。

見つからないから、悩みは、解決しないのです。

5,000万円を越す、大借金を返すためには、
私の名前に、取り憑(つ)いている、
目には見えない(四次元世界)を、発見して、

それを、取り除かなければ、
今まで通りに、地獄のどん底に、引き込まれたままです。
“お祓い祈祷所”や、“占い師”、“姓名判断師”たちを、
これ以上ね歩いても時間ムダだと、悟ったのです・・・。

地獄のどん底に、引き込まれた私は、
今までに、
“待合室”で、知り合った人たちの名前と、悩みの内容などを、
一つ一つ、こと細やかに、観察してみたのです。

ついに、私は、発見したのです。

“霊能者”宅に、悩みを抱えて来ている人たちの名前は…、
私を含めて、本人や家族全員が、共通していることをです…。

お金の心配や苦労、子供の心配、仕事の悩み、体調不良、結婚・離婚・再婚…などの悩み苦しみに明け暮れて、“お祓い祈祷所”に、来ていた人たちの、本人や家族の名前です…。

『フリガナ』を振らないと、読めない名前なのです。
胡桃(くるみ)・柊真(しゅうま)、明央彩(あおい) …などのことです。

❷ 『親子や兄弟、祖父母たちと、名前に、同じ文字』を使っているのです。
→親が茂雄で、子供が一茂。 祖母が千代で、孫が三千夫…などのことです。

『ダク音』の名前なのです。→忠洋、貞子、次枝、信重、茂夫…などのことです。
❹ 『つ・ツ音』の名前なのです。→節子、勝雄、敦子、美津子…などのことです。

『1文字』だけの名前なのです。→隆、忠、勝、恵、円、充…などのことです。
❻ 『ず・ズ音』の名前なのです。→和男、和美、千鶴子、シズ子…などのことです。

『和・幸・正・由・貴・光・勝・久・雅・恵・聖・登・直・春・夏・秋・冬・雪・寿
妙・順・鉄・馬・竜・龍・鈴・銀・節・聖・勇 』の文字の名前の人なのです。

❽ 『姓の一番上と、名前の一番下の文字が、同じ数字になっている』のです。
③小保方 晴子③ →ESスタップ細胞問題で、自殺者まで出した。

『姓の一番上と、名前の一番上の文字が、同じ数字になっている』のです。
⑥寺田 ⑥光男  ⑤出光 ⑤加奈子 → つんくさんの本名と奥方。喉頭癌で声を失う。

❿ 『姓と、名前の、つなぎ目の文字が、同じ数字になっている』・・・
萩原⑧ ⑧流行 →俳優.うつ病.バイク事故で亡くなる 。62 歳。

・・・などなどです。

神社の宮司さまが、指摘されていたのは、
これだ、これが、四次元世界『死に神』の正体だ…と、確信したのです。

この頃、私の名前を指摘された、
神社の宮司さまの顔が、浮かんでは消え、
消えては、浮かぶという現象が起きたのです…。

神官さまのことを、
忘れようとしても、常に、頭に浮かんでくるのです。

これは、何かの知らせである…と、悟ったのです。

それから、数日して、 私の脳裏に、
“力ある強運の名前”が、スーッと、浮上して来たのです。

これは、小さい頃の『宮司さま』からの贈り物だ…と、悟り、
即刻、私は…、 幸せでは無かった名前を捨てて、改名し、
“開運力のある凄い名前”で、生き抜くことを決意したのです。

自分の持ち物(下着・上着・カバン・靴・・・ )の、すべてに、
改名した“力ある名前”を、真剣勝負で、書き込んだのです。

強く生き抜くために、
日常生活では、新しい名前を、フルネームで、紙に書いて、

洗面所や浴室などにも貼り、新しい名前を、懸命に目に焼き付ける努力をしたのです…。

また、夜、寝るときのために、
天井にも、貼りつけたのです。

車に乗るときのために、
ハンドルにも、車内のあちこちにも、新しい名前を貼りつけて、
常に、自分の目に、“力ある名前”を、焼き付けたのです。

日々の努力の甲斐もあり、
一日一日が、新しい名前の自分になっていくのが解りました。

妻が、新聞で…、
高収入営業マン急募”という、求人広告を見つけたのです。

私は、急いで、面接会場に駆けつけたのです。

全国、一万人居る、営業社員の中で、
常に、ベスト5位の中に居れば、月収、70万円は戴けるという説明を受けたのです。

即刻、採用していただき、
その日のうちに、営業活動の指導を受けたのです。

哀れです…。
生き地獄です。 奈落の地の底にまで堕ちてしまったのです。

しかし、
もう、綺麗事は、通じなくなってしまったのです。

腹を決めた私は…、
新しい名前の“力あるパワーをバネ”に…、
5千万円を超す大借金を返還するために、弱肉強食の営業と言う世界に飛び込んだのです…。

全国、全社の営業社員、一万人の中で、
2ヶ月目には、トップグループに食い込み、
着実に営業成績を伸ばした結果、5,000万円が、確実に減ったのです。

5,000万円の債務の大半を返済し…、
残りの債務が、数百万円までになったころ…、

悩みを抱えている人たちに・・・

開運しない『鬼門』の名前を教えるために、
書こうと、決意したのです…。

何年も掛かって、書きとめていた原稿を抱えて、 東京中の出版社の門を叩いて、歩きまわったのです。
持ち金が無いので、 東京駅や、上野駅のベンチに寝泊まりを続けながら、5 年間も、歩きまわったのです。
しかし、どこの馬の骨とも解らない者を、 易々と受け入れる出版社は無く、すべてが、門前払いを受けたのです。

しかし…、

“力ある名前”の、後押しパワーを援護に、
断られても、断られても、出版社回りを続けたのです。

“力強い開運の名前”は、 凄さ があります。
6年目に差し掛かったころ、二社の出版社が現れて来たのです。

開運の糸口を見つけた私は、
2つの出版社と、真剣勝負で、出版の交渉を進めたのです。

私の熱意と、原稿の信憑性が認められて、発売が決定したのです。
発売後、数ヶ月で、15万冊という、圧倒的な売れ行きを記録したのです。
ベストセラーです。

その半年後に…、
小牧内科 院長 小牧医師との奇蹟の出会いにより教え込まれた、医学診断オーリングテスト技法を、桜宮史誠が“人の運命を検知できるよう”に、独自に編み出した…

〝医療診断オーリングテスト技法〟
「驚異のオーリング運命鑑定法」(日本文芸社 発行) が、発売されたのです。

この書も瞬く間に、15万冊という、圧倒的な売れ行きを記録したのです。
その後、順調な売上げを維持し続けたのです。

業界、圧倒的.第一位、3億円ほどの売上げです。→1冊の価格は、980 円です。

流派も無く、師匠も居ない無名の『姓名判断家』の登場に
全国の姓名判断家たちが、戦々恐々となったのです…。
どこの馬の骨とも分からない、全く、無名の、『桜宮 史誠』の、著書の出版に踏み切った出版社は、想定外の売れ行きに、ホクホク顔で、あったことは、申すまでもありません…。

※「桜宮史誠」に「医療診断オーリングテスト技法」を伝授なさいました、小牧内科 院長 医師 小牧先生 は、老衰で『故人』となっていらっしゃいます。

その後も、“力ある名前”は、次から次へと、奇蹟大旋風を巻き起こしたのです。

5年間で、総計、12冊著書が、7社出版社から、発売されたのです。
《平成27年5月、現在、総計15冊の著書が出版されたのです》

“力ある名前”であれば、
“どんな目的でも果たせる”ということを、
我が身を持って、知ったのです。

“鬼門の名前”で、
6,000万円の債務を背負い、地獄に転落し…、

“力ある名前”で、
その債務を完済させ、そして更に、大ベストセラーの大役を果たした”のです。

あなたにも、『桜宮 史誠』が『小牧内科 院長 小牧医師より、事細やかに教え込まれています、『医療診断オーリングテスト技法』を駆使して、「力ある最強の名前」を「名付け」てあげます。

『医療診断オーリングテスト技法』を、徹底駆使した、『力ある強い開運力を秘めた名前』は、あなたの第2の人生ステージが、スタートします・・・。
望みを叶える“凄い力”が、潜んでいます。

『桜宮 史誠』の、これまでの経験から云えば、最低でも、3年のときを経れば、何かが見えてきます…。

『桜宮 史誠』が、あなたの強力な “後押し人” になって差し上げます。

このたびの、ご縁を大事になさって…、
“力ある名前”で、大きな幸せを、掴んで下さい。

は、我が子が、何歳になっても・・・
“運のよい子に、生まれて来てくれていれば、良いが…”、“病気もなく、怪我もせずに、幸せに生き抜いてくれれば良いが…”・・・・・と、思わぬ日は無いものです。
“力ある名前”は、あなたの、あなたの家族の、 力強い味方 です。
思い切って『桜宮 史誠』の世界へ飛び込んできて下さい。

共に、幸せをつかみましょう・・・。

※「桜宮史誠」に「医療診断オーリングテスト技法」を伝授なさいました、小牧内科 院長 医師 小牧先生 は、老衰で『故人』となっていらっしゃいます。

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